本棚を組み立てる話

宅配業者に時間指定をするのを忘れてしまったから、一日中部屋で待っていなければならなかった。いつインターホンが鳴るのか気が気でならなかった。昼食に使った食器を洗っているときにインターホンの音が聞こえた気がして受話器をあげてみたけれど、誰の声も聞こえず、玄関の扉を開けても誰の姿も見えなかった。窓から外を眺めるとよい天気で、図書館で借りたい本もあったし、散歩もしたかった。こんなことなら時間指定をしておけばよかったと思った。でも、本棚が届くのが待ち遠しかったのかもしれない。そういうふうにも見える。
空耳ではなくインターホンが鳴ったのは日が暮れてからだった。そろそろスパゲッティでも茹でようかと考えていたところだった。本棚は段ボール箱に入って届けられた。佐川急便の若い男の人は爽やかな笑顔で玄関まで運び入れてくれた。佐川急便が去ると、玄関に段ボール箱とともに取り残された。重くて細長い段ボール箱を、休み休み持ち上げながら、なんとか部屋のなかほどに移した。もう夜になってしまったし、眠いし、組み立てるのは翌日にしてもよかったけれど、そのときのぼくには選択の余地はないように思えた。
段ボール箱を開けて説明書きを読むと、ドライバーとハンマーが必要であることがわかった。駅前の商店街の100円ショップへ行くことにした。夕食どきの家々の隙間を縫って歩いた。すでに日が暮れてしまったことが訝しく思えた。あまり深く考えず真っ先に目についたドライバーとハンマーを買った。行きと同じ道を通って帰った。まるで密度の高い空気に抵抗されているかのようにゆっくりと歩く老夫婦を見かけた。その年老いた女性は前触れなく立ち止まった。すると男性も彼女を支えるようにして立ち止まった。足が悪いのだろうか。疲れてしまったのだろうか。しかしそんなことが、本棚を組み立てることといったい何の関係があるだろう。過ぎ去ってから振り返ると、老夫婦はすでにまた歩き出していて、夜空を見上げて微笑み合っていた。
説明書きを熟読しながら、板を順序通りに組み合わせていった。覚悟していたほどには力仕事は必要でなく、作業はスムーズに進んだ。二時間ほどで完成した。半年以上のあいだいくつかの山に分けて無造作に積み上げていた埃まみれの本を整理し、掃除機をかけた。できあがった空間に本棚を設置した。埃を払いのけながら本を本棚に詰めていった。そういえばこんな本も持っていたな、と驚きとともに思い出す本がたくさんあった。本を積んでいる限り、それらの本は奥の山の下のほうに収まってしまっていて、視界に入らなかったのだった。本棚に並べると、愛読書も、難解な本も、まだ読んでいない本も、高校時代の暗い思い出も、すべての本の背表紙が一望できる。そうして、読書の記憶の奥行きはかき消されてしまうのかもしれない。
本棚を買ってから、一ヶ月以上悩まされていた風邪が治った。たぶん本の山から発する埃が原因だったのだと思う。日常生活がまた少し快適になった。