『プライマー』

プライマー [DVD]

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タイムトラベルや並行世界は生活が積み上げ引き延ばした時間を一瞬のなかに縮減する。そんな瞬間を前にして涙は自然に湧きあがるしノスタルジアという言葉を思い出してしまう。もしあのとき別の行動をとっていたら世界はどうんなふうだったろうという想像は止むことを知らない。そもそもそれはフィクションの欲望それ自体だという人もいる。
『プライマー』は疑いなくタイムトラベルもので、並行世界が扱われている。過去を書き換えたいという意志が物語を駆動している。だけれど、涙を流させるための演出は驚くほど足りない。一度目に見終わったとき驚いて呆然とする以外に何もできない。終盤加速して矢継ぎ早に明かされてゆく情報の複雑さへの驚きと、タイムトラベルに伴ったはずの感情が欠如していることへの驚き。
演出の不親切さは低予算のためだ、ということは容易だ。『プライマー』はシェーン・カルースという人物が監督、主演、音楽その他ひとつの映画に対してひとりの人間が可能なすべてを尽くしたみたいにスタッフロールに同じ名前が並ぶ。タイムパラドクスが生み出す分身の存在が明示的に表現されないのは、映像を合成するだけの予算がなかったからかもしれない。重要なはずのパーティーの場面が詳しく描かれないのも、低予算のせいかもしれない。でも、低予算の貧しさが『ほしのこえ』のセカイ系としての表現に繋がったのだとしたら、『プライマー』に感じた新鮮な無感動も切り捨てたくない。
偶然タイムマシンを開発した二人のエンジニアは、貸倉庫に設置したタイムマシンを使って少しずつ儲ける。未来の株価を知って過去に戻り、株を買う。きわめて小市民的なタイムマシンの使い方。タイムマシンは過去に戻るときだけ使うから、ある時間に彼らは二人ずつ、存在することになる。何らかの要因によって二人ともタイムマシンに入らなかったら、同じ人物が二人存在する世界ができあがる。そうして増殖した彼らの思惑が絡み合い、複雑になった時系列は何度見ても完全には理解できない。この謎だけでもじゅうぶんに魅力的で、見終わると同時に再生ボタンに手が伸びる。
そのパズルを解いたところで描かれなかった感情には辿り着けないと考えるから、この放心はいつまでも続く。優秀な脚本家の手によるハリウッド映画にも、頭脳明晰なミステリ作家の小説にもないものが確かに『プライマー』にはある。現実にやすりをかけたようにハレーションを起こす画面の狭さ。新たな地平をこじあけるにはこの映画だけでは不足だろうし、永遠に開かれないかもしれないし、開けても何もないかもしれない。