近況報告

新大阪から東京へ向かう新幹線の座席にぼくは座っている。その席は窓に面していて、隣は空席だ。窓を覗きこむ。今まで何度も見たことがあるような景色が広がっていることに安堵する。視線を膝の上の本に戻す。『青い野を歩く』のページをめくる。そうやって少しずつ時間を消費していく。故郷が遠ざかり、東京が近づく。
足を動かすと何かにぶつかる。がちゃんとガラスが割れるような音がする。足元を見るときらきらした透明の破片が散らばっている。まずいと思って右足を持ち上げると、黒い靴に破片がひとつ、突き刺さっている。それを引き抜くと同時に夏の記憶に襲われる。プールの底に仰向けに寝転がって空を眺めている。乱反射した太陽光が視界いっぱいに散らばっていて自分自身もばらばらの破片になる。この破片が棘になってやがて年をとったぼくを戒めるだろう、とそのときのぼくは思った。それが今なのだろう。
窓から富士山が見える。のっぺらぼうで恐ろしい山だな、と思う。真っ白で表情が読めず、次にどんな行動をとるかわからない怖さがある。この山が次に噴火するのはいつだろう、ととりとめのないことを考える。前日まで平然としていて、その日になると急に猛りだし、周囲の住居や工場を呑みこんでいくのだ。火山灰が空を覆い、冬のどんよりとした空が再現される。故郷を失った住民たちは未来を探して新たな都市を造る。
アイルランドの風景を覗きこむとき、風景のざらざらした手触りを感じると同時に、自分と風景のあいだに膜が差し込まれていることに気づく。自意識が固定されてしまっていて、外部には間接的にしか触れることができない。今日の午後から先はすべて白昼夢だ。合格発表が高校時代を切断してしまう。
綿密に調整を行ってきたつもりだった。合格の確率が7割、不合格の確率が3割になるように勉強量を調節した。将来のことを考える時間のうち、7割を合格だった場合に、3割を不合格だった場合に充ててきた。そして3割の可能性に賭ける。浪人生になって書店でアルバイトしようと考える。紙とインクの匂いに包まれて、力仕事に精を出す。自分の生まれ育った街に親しみ、狭くて小さな夢を捏造する。行き詰まった人生の隘路を探す。
横浜を過ぎたあたりで、急に合格と不合格の向こう側が前方に迫り出してくる。絶望も希望も打ち砕かれて、真っ白で穏やかで生ぬるい空間が現前する。調整は本当に完璧だっただろうかと心配になる。自己採点は予想される合格最低点を大きく上回っていたのではなかったか。ただ非現実的な妄想で気分を落ち着けていただけではないのか。不合格で得た一年間で何ができるというのか。
あくびをする。少しでも時間を引き延ばそうと努力する。もうしばらく縺れ合った気持ちのままでいたいと思う。


東京に引っ越すことになりました。プロバイダの工事が遅れるらしく、しばらく更新が滞るかもしれませんが、きっとまた戻ってきます。