「ソーシャルネットワーク」

フェイスブック創始者マーク・ザッカーバーグの成功の物語。
はじまりは「フェイスマッシュ」だった。当時ハーヴァード大学の学生だったザッカーバーグは、ハーヴァードの学生名鑑を利用して大学中の女子の顔写真を集め、そこからランダムに2枚ずつ表示される顔写真の優劣をつけていくことで女子の学生全員に序列をつけるというホームページ「フェイスマッシュ」を作った。そこには後にフェイスブックの共同設立者となるエドゥアルド・サベリンも、アルゴリズムの面で協力していた。フェイスマッシュは公開されて4時間で大学側に見つかり、ザッカーバーグはアクセス権を剥奪される。だが、深夜にもかかわらず4時間で大量のアクセスを集めたことは学生のあいだで評判になる。
彼の能力に目をつけたウィンクルボス兄弟は、ハーヴァード大学生限定のSNSをつくる計画にザッカーバーグを引き入れようとしたが、ザッカーバーグは彼らの計画を自分のものにしてSNSを開発し、フェイスブックとして公開する。ファイナルクラブの人脈を通して広まったフェイスブックは大学で評判となり、やがて他の大学にもユーザーを広げていった。ナップスターの設立者ショーン・パーカーを助言者として迎えてからは、フェイスブックは世界を見据えて拡大してゆく。ザッカーバーグはひとりの大学生からIT産業の次世代の担い手へと変化していく。
フェイスブックが成功していく過程では、たくさんの人がザッカーバーグに近づいては離れていった。ザッカーバーグが冷酷で友情を軽んじる人物であるという見方もできるが、それは正しくないと思う。周囲にいた人たちの誰一人としてザッカーバーグのパートナーになれなかったのは、彼が冷酷だったからではなく、世界の原理がそのようになっていたからだ*1。例えば、ザッカーバーグにアイデアを盗まれたウィンクルボス兄弟がボート競技で敗北を喫するさまが執拗に描かれているが、彼らはその後北京オリンピックで入賞するほどの活躍をしている。どれだけスポーツで成功しても、この映画の世界の中では、彼らはあくまで古い価値観に囚われた敗北者でしかないのだ。他にも、共同設立者のエドゥアルド・サベリンは広告掲載に拘ったため会社を追放される。ザッカーバーグの助言者ショーン・パーカーは祝賀会でドラッグを服用していたところを警察に見つかる。純粋な意志を忘れて名声や享楽を求めた者たちはすべからく世界から除外される。
フェイスブックの可能性に賭けて開発に集中するザッカーバーグは、この映画の世界において最も正しいと言える。彼はまぎれもなく天才だった。はじめは女性にふられたことを根にもつ冴えない大学生だったけれど、次第に彼の内面の描写は減っていった。天才の内面を直接描くことはできない、ということだと思う。あるいは、内面を失うことで天才になるのかもしれない。終盤には、彼の周囲ばかりが激しく動き回っていて、彼自身は世界の特異点のように浮遊して見えた。


視点をエドゥアルド・サベリンに移そう。この映画を見てからずっと、エドゥアルドのことばかり考えていた気がする。自分の頭のなかで彼の人物像がどんどん膨らんでいった。だから、以下は自分の妄想かもしれないと思いながら書く。
おそらくエドゥアルドは、誰よりもザッカーバーグの才能を信じていた。彼は、ザッカーバーグが天才であることを早くから見抜いていた。そしてまた、彼は自分が天才になれないことにも気がついていた。でも、天才にはなれなくても、天才のパートナーにはなれるのではないか。自分にはザッカーバーグに欠けた社会性や経済学の知識、そして財産がある。彼は冷徹に自己分析して自分の能力を見極め、そのうえで自分にできることを探していた。
そこまでザッカーバーグの才能を信じていたのに、なぜシリコンバレーに行かなかったか。しかし、ザッカーバーグが天才なのは事実でも、世の中の天才のうち実際に成功することができるのはほんの数パーセントだろう。エドゥアルドにはその小さな可能性に欠ける勇気がなかった。彼はフェニックスに入部したり、インターンに通ったり、けっきょくは保身に走ってしまった。
代わりにショーンがザッカーバーグのパートナーを務めるようになり、エドゥアルドは排除されてゆく。エドゥアルドは決定的に裏切られたのだと知ったとき、友情が裏切られたのだと言った。でも、裏切ったのは友情ではなく、殺伐とした世界の原理だったのだろう。エドゥアルドが去ったあとザッカーバーグは、これはやりすぎだと口にしている。
フェイスマッシュを作ったときの風景が甦ってくる。エドゥアルドがアルゴリズムを提供し、それをもとにザッカーバーグがプログラミングする。小さな寮の一室が世界に繋がっていく感覚。協力することで個人には不可能なことが可能になる昂揚感。彼はきっと、この風景がそのまま世界に拡大すればいいと思った。フェイスブックは世界に拡大した。彼は置いていかれた。

*1:このあたりの話はに影響を受けています。