『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』ウラジーミル・ナボコフ(富士川義之訳)

8/7読了。78冊目。
ロシアで生まれたウラジーミル・ナボコフは、ロシア革命の後にベルリンに亡命し、そしてパリ、アメリカへと移住し、亡命作家として活躍しました。西欧に亡命した後もはじめはロシア語で書いていたのですが、パリに移住したころから英語で執筆することを考え始めます。そして書かれた最初の英語の小説が、『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』です。
ロシア語作家から英語作家になるときに、筆名もV・シーリンからウラジーミル・ナボコフに変えています。つまり、この変身はナボコフにとってアイデンティティについて再考を促すような出来事だったと考えられます。『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』も、その精神状態が反映されたような小説になっています。
セバスチャン・ナイトは注目を集めていたけれども若くして心臓病で亡くなった作家で、語り手のVはその腹違いの弟です。セバスチャンの秘書グッドマンが書いた伝記『セバスチャン・ナイトの悲劇』に憤慨したVは、自分の手でセバスチャンの伝記を書こうと決心し、生前のセバスチャンを知る人を探して話を聞いて回ります。この小説は、セバスチャンの生涯を年代順にまとめたものではなく、Vがセバスチャンについての情報を集める過程が記されたものです。
Vとセバスチャンは特に頻繁に会っていたわけではなく、Vがセバスチャンについて語るとき、まるで偉人について語るようにセバスチャンの俗人とはちがう特殊な気質が強調されます。セバスチャンは生まれつき内向的で、作家になることも頷けるような人物だったそうです。
作中ではセバスチャンの小説の一部が引用されたり、あらすじが紹介されたりするのですが、これがとても面白い。もし現実に存在すれば今すぐ書店に買いに行って読みたくなるような、そんな小説ばかりです。セバスチャンの文体は地の文とは異なる繊細なもので、ナボコフの書き分けの絶妙さには読みながらずっと感動していました。
そして結末で、語り手はある結論を導き出します。これが常軌を逸したとんでもない考えで、オースターの『鍵のかかった部屋』を思い出したりしました。確かに突飛ではあるのですが、それまでの記述を踏まえると納得のゆくもので、ナボコフのスケールの大きさに完全に屈服しました。
分量はそこまで多くないですが、語りどころの多い濃密な小説でした。作中作のおもしろさ、ストーリーテリングの巧みさ、アイデンティティの攪乱などオースターと似たところが多い気がします。オースターもこの小説から影響を受けているのかもしれません。