『ABC―阿部和重初期作品集』阿部和重

ABC<阿部和重初期作品集> (講談社文庫)

ABC<阿部和重初期作品集> (講談社文庫)

単行本では3冊だったものが、文庫化に際して2冊になり、それが10年後の復刊で1冊になる。そういったとても価値の高い初期作品集。ぼくには今リアルタイムで追いかけている作家がいなくて、あと5年早く生まれていれば、とよく思う。でも、柴田元幸の新訳『ガラスの街』や、こういうまとまった短編集のことを考えると、あとの時代に生まれてよかったなあと思える。そういったこともあいまってか、この本を買った日は高揚感を隠すことができず、珍しく上機嫌で家族に気持ち悪いと言われたほどだった。

ABC戦争

まず一編だけ読んだ。発表順序では次は『インディヴィジュアル・プロジェクション』だから、いったんこの本は置いて、そちらを読みます。
とても面白かった。『アメリカの夜』も面白かったけど、それに劣らぬ面白さだった。
アメリカの夜』に比べて、現代思想や映画批評の引用(引用のしかたがいちいち面白い)がさらにあからさまになっていた。急にフーコーデリダの名前が登場して、それがトイレの落書きに適用されていたりするのだから、笑わずにはいられないのだけど、真剣に読んでいたりもする。もはやギャグであるかどうかなんてどうでもよくなる。一言で説明してしまえば、偏執的な真面目くさった語り口でどうでもよい不良の戦争を読み解く話。不良の権力構造の描写を読むと、まるでデリダの入門書を読んだときに味わったような感覚に襲われる。それが狙っているのかどうかは不明だけど、意味深な語られ方をするとそういった勘違いを煽られる。
アメリカの夜』で扱われた自意識の問題が、今度はテーマの中心から外れていたのだけれど、メタフィクショナルな構造はしっかりと用いられている。けっきょく「わたし」と「手記の筆者」の関係はよくわからなかったけれども、もう既に再読する気が湧いているので、またいつか読み返すときにその問題は放置しておこうと思う。