『門』夏目漱石

門 (新潮文庫)

門 (新潮文庫)

8/27読了。今年85冊目。
初期三部作の完結編。大学生の青春小説『三四郎』、高等遊民の『それから』ときて、『門』はサラリーマンの宗助が主人公。宗助は若い頃に親友の安井を裏切って現在の妻と結婚した過去を持ち、罪の意識を背負って細々と生活している。この部分には『こころ』と似ているが、親友を裏切ってから長い年月が過ぎ、『こころ』の「先生」が「明治の精神に殉死」するのに対し、宗助は禅寺に数日滞在する。それによって心境が大きく変化するというわけでもなく、またもとどおり、夫婦の生活が始まる。
宗助には年の離れた弟・小六がいる。彼は『三四郎』の主人公と同じくらいの年齢で、若さに満ちている。小六は叔父や宗助の経済状況に振り回されながらも、波乱に満ちた有意義な学生生活を送っている。小六と比べると、宗助の落ち着きが浮き彫りになって、三部作の主人公の変化の様子が見てとれて面白い。
いちばん印象的だったのは、御米が病気になるシーン。宗助が禅寺に行ったことも唐突だったが、御米が苦しみ出すのはそれよりも唐突で、宗助の焦りが伝わってくる。そして御米の容態が安定し、宗助が安堵するところの描写がいいと思った。大きなできごとがあった夜の翌朝というのはなんだか不思議な落ち着きを感じるものだと思う。

 やがて小六は自分の部屋へと這入る、宗助は御米の傍へ床を延べて何時もの如く寐た。五六時間の後冬の夜は霧の様な霜を挟んで、からりと明け渡った。それから一時間すると、大地を染める太陽が、遮るもののない蒼空に憚りなく上った。御米はまだすやすや寐ていた。
 そのうち朝餉も済んで、出勤の時刻が漸く近づいた。けれども御米は眠りから覚める気色もなかった。宗助は枕辺に曲んで、深い寐息を聞きながら、役所へ行こうか休もうかと考えた。