『偶然の音楽』ポール・オースター(柴田元幸・訳)

偶然の音楽 (新潮文庫)

偶然の音楽 (新潮文庫)

7/26読了。今年70冊目。
ポール・オースターの1990年の作品。ポール・オースターは比較的遅筆らしく、1年か2年に1冊のペースで長編を刊行しているらしいのだけど、1冊1冊の完成度の高さを考えればそれも妥当な量だろうと思わされた。それくらい『偶然の音楽』は緻密でまとまった小説だった。
物語はナッシュという消防士のところに、幼いころに別れた父から莫大な財産が流れ込むところから始まる。訳者あとがきでも指摘されているとおり、『ムーン・パレス』でも主人公が叔父から財産を相続することで物語が駆動するという展開があり、「財産の相続」というのはオースターの中で物語の偶然性のリアリティを成立させる引き金として印象づけられているのかもしれないと思った。ナッシュは生活を放り出して、自動車でアメリカ中を走り回る旅を始める。そして偶然、彼はポーカーの名手ポッツィと出会い、次の日には巨額を賭けた博打に挑んでいた。しかしその博打に負け、彼ら二人は石を積み上げる仕事で借金を返すことになる。そこから結末までは、真相がわからないまま物語が進み、エンディングを迎える。この物語の中でナッシュは何度も重大な選択に迫られ、そして常に救いのない方へと流れていく。これは彼にギャンブラーのような性質があるからではなく、彼がどこまでも「救いのなさ」に魅せられてしまっているからだと思う。彼はその先に絶望があるとわかっていても、そこに向かって行かざるをえず、そして果敢に破滅へと向かっていく。
柴田元幸の翻訳はやっぱり素晴らしくて、読みやすさと文学性の両方を備えたものだった。柴田元幸の他の翻訳作品も読んでみたい。