『水没ピアノーー鏡創士がひきもどす犯罪』佐藤友哉

7/9読了。今年64冊目。
鏡家サーガ3作目。やっぱりおもしろい。どうして当時は売れなかったんだろう。入門編や例外編を除けば、現在刊行されている鏡家サーガの最新作らしい。
水没ピアノ』には前の2作とは決定的に違う点がある。その姿勢は、裏表紙の紹介文にも表れている。

お祭り騒ぎは、もうお終い。
今回は愛をめぐる三つの物語だ。

つまり、謎解きによって馬鹿げた世界があらわになる『フリッカー式』や『エナメルを塗った魂の比重』と違い、『水没ピアノ』は「愛」というベタで近代的な価値観を世界の繋ぎ目とする。キャラクターたちは相変わらず壊れていて、紡がれる物語もどこかいびつだ。でもそれがどんなにねじまがっていても、愛と呼ぶべきものだと感じた。
一人暮らしの青年のエピソードは単独でも十分に面白いと思った。退屈な仕事。必要以上のメールチェック。安全策を採り続ける人間関係。こういう鬱屈した日常は確かに存在して、でも誰も否定してくれない。きっと佐藤友哉の経験が投影されているのだろうと思う。そして、鏡創士はそんな生活に風穴を開ける重要な役割を果たす。鏡創士の個性というのはまさにキャラクター小説的で、彼らの邂逅は異質な者同士の接触だと思う。でも啓蒙が起きるわけではなく、鏡創士はむりやり殻を引きはがしていく。ミステリーとしてのオチがなかったら、一つのむりやりな現実への引き戻しの物語として読んでいたと思う。
この作品はミステリーとしての質では前の2作よりも上だと思うし、佐藤友哉の文章もだんだん読みやすくなってきていることがよくわかる。もう完全に軌道に乗って売れてもおかしくないと思うんだけど、当時は売れなかった。それを知ると『世界の終わりの終わり』の風景も見えてくる。読む順番を間違えたと後悔している。