『グラン・ヴァカンス 廃園の天使〈1〉』飛浩隆

仮想リゾート〈数値海岸〉の一区画〈夏の区界〉。南欧の港町を模したそこでは、ゲストである人間の訪問が途絶えてから1000年、取り残されたAIたちが永遠に続く夏を過ごしていた。だが、それは突如として終焉のときを迎える。謎の存在〈蜘蛛〉の大群が、街のすべてを無化しはじめたのだ。わずかに生き残ったAIたちの、絶望にみちた一夜の攻防戦が幕を開ける――仮想と現実の闘争を描く〈廃園の天使〉シリーズ第1作。

5/18読了。今年46冊目。
廃園の天使シリーズの1作目。〈夏の区界〉に突如襲い来る〈蜘蛛〉と、AIたちとの戦いがメイン。
あとがきのなかで、「放棄された仮想リゾート」という題材は古いと述べられているが、そういった題材のものを読むのは初めてで新鮮だと思った。調べてみると、バラードの『時の声』などが有名らしい。とにかく、SFとしてもじゅうぶんに面白かった。しかし、「SFであること」だけで終わってしまわないのがSFというジャンルの強みだと思うし、じっさいこの小説も青春小説のような繊細な美しさがある(逆にミステリー小説は、「ミステリーであること」によって世界が広がるジャンルだと思う。『カラマーゾフの兄弟』とか)。AIたちはみな、自分が仮想リゾートのAIでしかないことを意識しながらも自我を持っているから、どこか儚げな空気が漂っている。
物語には謎が多く登場し、そのうちのいくつかはシリーズの次作以降に残されている。だからといって謎解きと戦闘描写に重きを置いたマッチョな小説ではなく、端正な筆致で描かれていて、激しい戦闘シーンも静かに描かれる。感覚がとけあうような複雑な現象も、直感的な表現でうまく描写されている。
この小説は視点を変えながら書き進められているが、物語の本筋となっているのは12歳の天才少年ジュールと、〈夏の区界〉の性的な役割を担う16歳の少女ジュリーのエピソードだろうと思う。〈コットン・テイル〉という硝視体を繋ぎ目として、〈夏の区界〉の構造を把握しながら行動するジュールには、SF小説ならではの無常観が漂っていると感じた。