『ザ・ロード』コーマック・マッカーシー

ザ・ロード

ザ・ロード

6/19読了。今年62冊目。
なにもない世界に父と子がいる。基本的に他の誰とも会話できない。
本を開いて眺めると、地の文は密度が高く、会話は薄い。生きるための作業や食べたものはいくらでも記述できるのに、父と子の会話は断片的で装飾がなくずっしりと思い。そのコントラストがこの世界なんだ、と思った。
彼らと会話が成立した唯一の人物が、イーライという老人だ。作中で唯一名前を与えられた人物でもある。もしイーライのように話せる人物がもっと多ければ、世界はちがったものになっていた。

 この子は神さまだといったら?
 老人は首を振った。わしはもうそういうのは通り越しちまった。ずいぶん昔にね。人間たちが生きられないところでは神さまたちも生きられない。今にあんたにもわかる。一人でいるほうがいいんだ。だからあんたが今いったことがほんとでなければいいと思うよ、最後の神さまと一緒に道にいるなんて怖ろしいことだからね、だからほんとでなければいいと思うよ。みんないなくなってしまったほうがいいんだ。
 そのうちいなくなるのか?
 もちろんいなくなるよ。
 誰にとっていいんだ?
 みんなにとって。
 みんなにとって。
 そう。みんなそのほうがよくなる。もっと楽に息ができるようになる。
 それはいいことを聞いたな。
 本当だよ。みんないなくなったらいるのは死だけになるが死の時代にも終わりが来る。死は道に出てもなにもすることがないしなにをしようにも相手の人間がいない。それで死はこういう。いったいみんなどこへ言ってしまったんだ? いずれそうなるんだよ。それのどこがいけないかね?