『神の子どもたちはみな踊る』村上春樹

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)

8/6読了。今年77冊目。
神の子どもたちはみな踊る』は阪神淡路大震災をテーマにした連作短編集で、地震が起こった1月17日の次の月の2月が舞台となっている。村上春樹は高校時代を神戸で過ごしていて、きっと阪神淡路大震災と神戸連続児童殺傷事件にはいろいろ思うところがあったのだと思う。『海辺のカフカ』は神戸連続児童殺傷事件と密接な繋がりがあり、『神の子どもたちはみな踊る』は阪神淡路大震災が重要な出来事として登場する。
驚いたことに、どの短編にも神戸はまったく登場しない。すべての短編が、日本の他の地方を舞台にしている。つまり、これは地震を直接には経験していない人たちの物語だ。しかし、すべての登場人物は間接的に地震の影響を受ける。ある人はテレビのニュースで被災地の映像を見て。ある人は神戸に住む家族を思って。ある人は東京をさらに大きな地震から救うのを手伝う約束をして。ここでは決して地震の悲惨さとか、破壊力だとかは描かれない。そして主人公たちは、あまり地震にショックを受けているわけではない。それは、日本に住むぼくがイラク自爆テロの記事を新聞で読むような虚構っぽさに似ている。自分が実際に体験しなければ、情報としてはわかっても、実感は伴わない。しかし、地震は間違いなく物語の駆動力として働いている。表面的には大して意識していなくとも、主人公たちは無意識に大きな影響を受けている。村上春樹が描きたかったのはそういう時代や社会が、誰も気がつかない深いレベルまで人に影響を与えているということなのだろう、と思った。
そういったテーマ性も含めて、『神の子どもたちはみな踊る』は純粋に完成度が高いと思う。なかでも一番気に入ったのは「かえるくん、東京を救う」で、かえるくんという蛙に東京を救うのを手伝ってくれと頼まれた片桐という男性の話。かえるくんは東京に地震を起こそうとするみみずくんと戦わなければならない。それを片桐に見守ってほしい、と言う。かえるくんはコンラッドドストエフスキーを引用する不思議な蛙で、勇敢なヒーローだった。しかし結末では、彼は地震を防いだ代償として、崩壊してしまう。文字通り、崩壊する。彼は世界を守るために自分を犠牲にした。ヒーローとして完璧だった。片桐はそのサポート役で、完璧なヒーローと対照的になにもできない。しかし、かえるくんは崩壊する直前に、きっちりと片桐に感謝する。謙虚なところまで完璧だ。ヒーローと出会うことで成長するという物語としてもおもしろかった。