『くらやみの速さはどれくらい』エリザベス・ムーン

くらやみの速さはどれくらい (海外SFノヴェルズ)

くらやみの速さはどれくらい (海外SFノヴェルズ)

自閉症が治療可能になった近未来。自閉症者最後の世代であるルウは、製薬会社の仕事とフェンシングの趣味をもち、困難はありつつも自分なりに充実した日々を送っていた……ある日上司から、新しい治療法の実験台になることを迫られるまでは。“光の前にはいつも闇がある。だから暗闇のほうが光よりも速く進むはず”――そう問いかける自閉症者ルウのこまやかな感性で語られる、感動の物語。

4/25読了。今年35冊目。
21世紀版『アルジャーノンに花束を』と評される、自閉症とその治療を物語の本筋においたSF小説。『アルジャーノンに花束を』は未読。訳者は同じ人らしい。
ぼくがこの本の存在を知ったのは、三宮のジュンク堂でハヤカワ文庫の新刊を眺めているときのことだ。帯の文句に惹かれて、レジに運びたい衝動に駆られたけれど、冷静になって考え直して購入するのはやめた。そういうわけで、その帯の文句をここに引用することはできない。こんなに簡単に忘れてしまうものなのか、と少し驚く。
この小説は全編のうちのほとんどを自閉症の主人公・ルウの視点からの世界の描写が占める。ほんのちょっとしたルウのことばにも、自分が普段凝り固まった見方しかできていないことに気づかされる。前書きによると、作者には自閉症の人たちの話を聞く経験が多くあったようで、実際の自閉症の人たちの感じ方をけっこう忠実に再現しているようだ。
エンディングは、人が自分自身であるとはどういうことなのか、どうして自分が自分なのかがわからなくなるようなもので、安易にコメントできない。自分が今幸せと感じればそれで幸せと言っていいのか、過去の自分はいったい何者なのか。捨てられてきた過去を思うと同時に、来るべき未来の可能性を信じれば、ぼくらは今を生きることができる。そういう結末だとぼくは解釈した。